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無題

Posted by クランコ on 27.2011 未分類 0 comments 0 trackback
両親のいない5歳の誕生日 「ママどこ、たみちい」

 


「見て、見て。きれいでしょう」

 昆愛海(こん・まなみ)ちゃん(5)は町の児童館から帰るとさっそく、塗り絵を開いて祖母の幸子さん(63)に話しかける。

 津波で流された保育園に代わり園児らは送迎バスで児童館に通う。愛海ちゃんが帰るのは幸子さんと2人で暮らす新しい自宅だ。

 「ずいぶん元気になったんですよ。地震の後、民家の倉庫で避難生活をしていたころは、私にまとわりつくばかりで、誰とも口をきこうとしませんでした」と幸子さんは振り返る。

 岩手県宮古市の重茂(おもえ)半島にある小高い丘に自宅はあった。大きな揺れの後、母の由香さん(32)は保育園に愛海ちゃんを迎えに行き、連れて帰ってきた。

 自宅の隣は避難場所に指定されていた小学校。そこを30メートルもの津波がのみこんだ。

 由香さんと漁師の父、文昭さん(38)、妹の蒼葉(あおば)ちゃん(2)の4人で自宅の庭にいたのが目撃されている。

 「立って(波を)見てた。パパとママ、アオ(蒼葉ちゃん)が流されたの」。愛海ちゃんはクレヨンを握ったまま早口でしゃべりだした。文昭さんら3人は波にのまれたが、愛海ちゃんは漁の刺し網に引っかかって流されずにすんだ。

 「『ママ、助けて!』って叫んでたの。ママ、どこ行っちゃったんだろう」

 知人女性が第2波が来る前に愛海ちゃんの手を引き、高台まで走った。「走ったときに転んだりしたの」。ずぶぬれで助けられた愛海ちゃんはずっと震えていたという。

 愛海ちゃんが甘えた口調でぽつりとつぶやいた。

 「たみちい(寂しい)」

 文昭さんら3人は行方不明のままだ。

 幸子さんらはいったん親戚方に身を寄せた後、自宅から遠くない親戚所有の空き家に越してきた。

 「両親が死んだという実感がなく、まだ帰ってくると思っているようです」と幸子さんは目を潤ませる。「何かあると、『パパが帰ってきたら教えてあげるんだ』と言うんです」

 あの日から2カ月近くたった5月10日、愛海ちゃんは両親がいない5歳の誕生日を迎えた。

 幸子さんは「以前は『パパやママと一緒じゃないと保育園に行かない』とぐずっていたが、何も言わず行くようになった」と変化を感じている。

 津波で流された自宅2階跡から両親の携帯電話が見つかり、今は幸子さんが使っている。電話が鳴るごとに愛海ちゃんは両親からの電話を待っているのか、「誰? 誰?」としつこく聞いてくるという。

 黙々とひらがなやカタカナをノートに書いて練習していた愛海ちゃんが恥ずかしそうにノートを持ち上げ、ママに書いたという手紙を読み上げた。

 《ままへ。いきてるといいね おげんきですか》





 東日本大震災の震災孤児は判明しただけでも阪神大震災の68人の約3倍。就学前の幼児も少なくない。震災孤児たちをどう支援し、見守っていくか。厳しい現実が突きつけられている。
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